大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)45号 判決 1991年8月29日
原告
岡本実
右訴訟代理人弁護士
古本栄二
被告
茨木労働基準監督署長斎藤鉄也
右指定代理人
高橋利幸
同
板垣高好
同
苅谷信子
同
岩見武
同
宮林利正
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し、昭和五七年一〇月二九日付でなした労働者災害補償保険法による障害補償給付(障害等級第九級)を支給する旨の処分を取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、東芝物流株式会社の自動車運転手として稼働していたが、同五一年一月一三日午前三時五五分頃、大型トラックを運転して深谷市内の国道一七号線を走行中、先行車が急停車したため急停止したが間に合わず、スリップして同車に追突し負傷した。
2 原告は、同月一四日、国立姫路病院で「右股関節脱臼骨折、その他」の診断を、その後、神崎町病院で「右股関節脱臼骨折、腰部捻挫、腹部挫傷(腸管損傷)、頭部外傷」の診断を受け、入・退院を繰り返し、同五七年七月三一日、症状は固定した。この間、原告は、姫路北病院でも「頭部外傷後遺症」の診断を受け、通院した。
3 原告は、前記事故による受傷の結果、<1>右下肢の短縮障害<2>右股関節の運動障害<3>腹部の障害<4>頭部外傷後遺症(以下、本件障害<1>ないし<4>という。)の後遺障害を残した。
4 原告は被告に対し、労働者災害補償保険法に基く障害補償給付を請求したところ、被告は、同年一〇月二九日、本件障害<1>は同法施行規則別表第一障害等級第一三級の八、同<2>は同一二級の七、同<3>は同第一一級の九、同<4>は同第一二級の一二に各該当し、全体として同第九級に該当する旨の障害補償給付支給決定をした(以下、本件処分という)。
5 原告は、本件障害<4>は前同第七級の三に該当し、本件障害<1>ないし<4>は全体として同第六級に該当するとして、同年一一月二九日、大阪労働者災害補償保険審査官に対し本件処分の審査請求をし、右請求は同五九年八月七日付で棄却された(<証拠略>)。次いで、原告は、同年一〇月一八日、労働保険審査会に対し、再審査請求をし、右請求は同六二年五月二八日付で棄却された(<証拠略>)。
二 主たる争点(本件障害<4>の障害等級)
1 原告
本件障害<4>の症状(<1>一日一四時間程度睡眠しないと気分が冴えず、言葉がもつれ、頭痛を覚える<2>物忘れが激しい<3>気候の変わり目に調子が悪い<4>身体が冷える<5>いらいら感<6>頭痛、下痢<7>時々頸部が痛み、ひきつけを起す<8>常時鼻水・クシャミが出る<9>右側頭部の激痛<10>知能低下・IQ八六<11>意識の低下、錯乱状態を生じる)は重篤であり、家庭内の単純な日常生活はできるが、時に介護を必要とし、軽作業に就くことも不可能である。
したがって、本件障害<4>は前同第七級の三に該当し、本件障害<1>ないし<4>は全体として同第六級に該当する。
2 被告
原告の頭部外傷は、CTスキャン、脳波検査、レ線写真によっても脳の器質障害・脳波異常はなく、言語障害、失語症、臭覚脱出等も見られない。原告の主訴は、不安、誇張、心気的等自律神経症状であり、他覚的所見に乏しく、外傷性神経症である。したがって、本件障害<4>は、前同第一二級の一二に該当し、前記規則一四条三項により同第一〇級となるところ、被告は、原告の労働能力喪失割合を考慮して、同第九級に該当すると認定した。
第三争点に対する判断(本件障害<4>の障害等級)
一 本件障害<4>に関する医師の所見
1 姫路北病院菊川豪医師(同五二年三月二四日から同五四年二月八日までの経過、<証拠略>)
主訴は頭痛、頭重、耳鳴、倦怠疲労感、集中・根気力低下等である。愁訴に関し他覚的、客観的所見は乏しいが、右側頭部から後頭部にかけての疼痛(時には激痛)はてんかん症状の要素である。自律神経症状(不安・誇張・圧気的等)は外傷後神経症と見られる。同五四年二月八日実施のMAS(不安テスト)結果は顕著ではないが、右神経症状の傾向を示し、IQは八四であった。単独歩行、食事、用便、言語能力等に問題はないが、神経症状のため就労は困難である。症状は二年間変化なく、症状固定と見うる。
2 姫路北病院中村義弘医師(同五二年三月二四日から同五四年四月五日まで〔診療実日数三一日〕、同五七年九月九日から同年一二月二七日まで〔同四日〕の経過、<証拠略>)
主訴は頭痛、頸部緊張感、焦燥感であり、情緒不安定で心気傾向を示す。脳・末梢神経に異常所見はなく、神経学的検査でも特に異常は認めない。不安テストの結果は姫路北病院におけるものと同傾向を呈す。全体的に外傷後神経症状と見うる。愁訴には消長があり、特に改善はなかったが、原告は同五四年四月五日通院を中断した。同五七年九月当時の愁訴は、前屈みになると頸部が引きつる、後頭部から頸部にかけて疼痛、項部緊張感等であり、心気的な訴えが継続し症状の改善はない。同年一二月二七日、症状は固定化した。但し、心気症状(不安、圧迫、不満)は将来増悪の可能性もある。
3 神崎町病院整形外科南堰雄医師(同五一年五月一日から同五八年一月二〇日まで〔同五一年から同五五年まで四回入院、入院合計一六五日、通院二八四日〕)の経過、<証拠略>)
主訴は頸部・頭部痛であった。その後、頭重感、ふらつき、項痛、頭部痛、不眠、いらいら等が発現し、情緒不安等心気症状が強く、一時、精神不安は増強したが、同五七年七月までに軽減し、同月三一日症状固定した(但し、頭重感、精神不安の回復見込は不祥)。軽作業就労は可能である。
4 兵庫県循環器センター藤田医師(<証拠略>)
前記姫路北病院におけるCTスキャン、脳波検査、レ線写真、MSA等によると、脳の器質障害・脳波異常はなく、言語障害、失語症、臭覚脱出等も認められず、愁訴は精神的要素が強く、後頭部痛等は外傷後神経症状であり、本件障害<4>は前同第一二級の一二に該当する。
5 大阪労災病院脳神経外科狩野光将医師(同五九年三月、<証拠略>)
主訴は右側頭部・後頭部の疼痛、耳鳴、眼痛、一日一四時間の睡眠を要する、物忘れ、常時鼻水が出る、一一月頃になると辻妻の合わないことをいうこと等である。CTスキャンによると、脳室に変化はないが、脳槽・脳溝の拡大等の軽微な脳萎縮像がある。頭蓋骨・頸椎単純写に著変はなく、脳波は正常、眼底検査でも視神経乳頭に著変はない。神経学的他覚所見として、右大後頭神経・右後耳介神経に圧痛があるが、三叉神経の圧痛はなく、頸椎可動制限もなく平衡失調もない。鼻水は慢性鼻炎による。本件障害<4>は前同第一二級の一二に該当する。
6 神戸大学医学部付属病院神経科橋本禎穂医師(同五九年一一月、<証拠略>)
脳波に過呼吸後の軽度の昂進がある。原告の年齢では見られない症状であり、増殖不安定を示す。過呼吸の際、筋電図が混内するのは右側頭痛と関連する可能性がある。筋緊張性頭痛を起こし易い症例と思われ、頭痛神経症が疑われる。
7 関西労災病院金子仁郎医師(同六〇年二月六日、<証拠略>)
頭痛、物忘れを訴え、脳波に軽度の異常がある。言語性IQ九〇、動作性IQ八二、全検査IQ八六で平均をやや低下し、精神不安が継続している。
8 神崎町病院外科、胃腸科岩本忠医師(同六二年七月九日、<証拠略>)
神経内科学的に異常所見はない。しかし、頭痛を主とする愁訴が強く、何事にも意欲がわかない。症状が強いときは一時的に意識の低下を招き、錯乱状態に陥ることがある。精神不安定症状があり、家庭内の単純な日常生活はできるが、時に応じて介護を必要とする。軽作業就労も不可能である。
二 本件障害<4>の障害等級
1 障害等級認定基準について
行政当局によれば、前記規則別表第一所定の障害等級中、頭部外傷後遺症(神経症状)に関する第一二級の一二、第九級の一四、第七級の三は、認定根拠として、症状について医学的他覚所見を必要とし、愁訴のみでは足りないとされているところであり(<証拠略>)、この解釈・運用は合理的、かつ、適切である。
2 争いのない事実、前記一1ないし4の所見、(証拠略)、弁論の全趣旨によれば、原告の本件障害<4>は同五七年七月三一日症状固定し、本件処分時・同年一〇月二九日(本件処分の違法性判断の基準時である)において、その症状は、CTスキャン、脳波検査、レ線写真その他の諸検査によっても、脳の器質障害・脳波異常等の医学的他覚所見はなく、言語障害、失語症、臭覚脱失等の症状もなかったこと、原告の愁訴は自律神経症状であり、精神的要素が強く、不安・誇張・心気的で全体として外傷後神経症(外傷性神経症の一種)の疑いが濃厚であることが認められ、以上を総合すると、本件処分が、諸般の事情を考慮して、本件障害<4>を前同第一二級の一二に該当すると判定したことは相当である。
3 もっとも、前記一5、7の所見によれば、原告には、本件処分後、①同五九年以降軽微な脳萎縮像、同六〇年以降軽度の脳波の異常、<2>同五九年以降右大後頭神経、右後耳介神経に圧痛が存在したことは認められる。しかし、本件処分の違法性判断の基準時の問題はさておき、<1>は前同第一二級の一二に該当するにすぎず(<証拠略>)、<2>は単なる圧痛であり、神経系統の機能障害を引き起こしていると認めるに足りない。同6、8の所見は、本件障害<4>との関連を必ずしも明らかにしない。したがって、右各所見は何れも2の説示を左右しない。
三 よって、原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 市村弘 裁判官 岩佐真寿美)